国立科学博物館 企画展「絵本でめぐる生命の旅」 めぐり、つながり、新たな扉を開く。絵本を案内役に、進化の旅へ

国立科学博物館 企画展「絵本でめぐる生命の旅」
めぐり、つながり、新たな扉を開く。絵本を案内役に、進化の旅へ

博物館に行くのは「恐竜展」や「深海展」のような大型の特別展の時だけ、という人も多いかもしれない。国立科学博物館(科博)の日本館で開催中の「絵本でめぐる生命の旅」はそんな人にこそおすすめの企画展だ。自然や科学を題材にしている数ある絵本の中から、「生命の進化」をテーマにしたものを取り上げたこの企画。監修した“恐竜博士”の真鍋真さんと一緒に企画展「絵本をめぐる生命の旅」をめぐってみよう。

入り口は、グリーンやオレンジなどの明るく柔らかい色で彩られている。

「この企画展は、何十億年も前に地球でごく単純な生物が生まれ、さまざまな道に分かれて進みながら私たち人間が登場するまでの『生命の旅』を、絵本のストーリーに沿って追っていく展示なんです」

監修者である真鍋さんはそう言って、会場内へと入っていった。

迎えてくれるのは、舞台仕立てで生命史を見せてくれる名作絵本『せいめいのれきし』。

「この本は半世紀以上も読みつがれてきたロングセラーですね。作者は、博物館に通いつめてこの絵本を描いたんだそうです」

『せいめいのれきし 改訂版』(バージニア・リー・バートン 文・絵、いしいももこ 訳、まなべまこと 監修、岩波書店)
ちょうど子どもの目線の高さに据えられた画面で紙芝居のように絵本が展開され、地球が生まれたころの様子がひもとかれていく。

「大人同士で、あるいはひとりで来てこの本のことを懐かしく思い出す方もいるでしょうし、子どもや孫に『自分も小さいころに読んだんだよ』と話しながら見てもらって、一冊の本で世代をまたがったつながりが生まれたらいいなと思って、この本に導入役を務めてもらいました」

ここから、生命の旅が本格的に始まる。いくつかの絵本が水先案内を務めるが、メインナビゲーターは『わたしはみんなのおばあちゃん』だ。

この絵本の主役は、私たち人間や鳥類、は虫類、両生類、魚類すべての共通祖先。その「おばあちゃん」からさまざまなことができる孫が生まれていくという絵本のストーリーに沿って、壁に絵本の絵や文が大きく描かれ、その前には科博所蔵の化石など、貴重な標本が並ぶ。

絵本に登場する生き物がそのまま化石として目の前に出てくると、サイズ感や暮らし方が驚くほどリアルに感じられる。

生命の旅の“メインナビゲーター”は、真鍋さんが翻訳を手掛けた『わたしはみんなのおばあちゃん はじめての進化のはなし』(ジョナサン・トゥイート 文、カレン・ルイス 絵、真鍋真 訳、岩波書店)。
展示は日英併記で、スマートフォンがあれば中国語、韓国語でも読める。会場エントランスの読書コーナーにはドイツ語、フランス語、スペイン語など各国語の絵本も。

「博物館ではふだん、標本一点一点を詳しく解説することに力を注いでしまいがちで、進化という『時間の流れ』を来場者の方に意識してもらうことが難しい。でも絵本のストーリーがあると自然に、一点の化石標本の前後に存在する生き物に思いをはせることができるんですよね」

『わたしはみんなのおばあちゃん』は共通祖先から人間にいたるまでの進化を追う絵本で、恐竜につながる流れは描かれていないのだが、真鍋さん自身は、恐竜好きならその名を知らぬ者はない“恐竜博士”。

「恐竜が出てこないのは僕が寂しいので(笑)、人間に向かう最短コースのほかに寄り道コースも作りました」

“恐竜博士”ならではの「寄り道コース」。

こちらのナビゲーターは絵本『とりになった きょうりゅうのはなし』。長く「恐竜は隕石落下で絶滅した」と言われてきたが、今では「大型恐竜は絶滅したが小型で羽毛をもった恐竜の一部は鳥類となった」というのが定説で、この絵本はそれを平易に解説したものだ。

「絵本ではヒクイドリとティラノサウルスが向かいあわせに描かれ、『とても似ている』と言葉が添えられています。この展示では、その絵の前にヒクイドリとデイノニクスの骨格標本を並べました。骨盤の『穴』に注目すると、鳥類と恐竜が似ていることがよくわかります」

『とりになった きょうりゅうのはなし 改訂版』(大島英太郎 作、福音館書店)を手に、「恐竜と現代の鳥の共通点」を解説してくれた真鍋さん。

寄り道から戻るといよいよ哺乳類の時代へ。絵本の世界と科博の標本が見事にミックスされ、人間にいたるまでの旅路をぐいぐいひっぱっていってくれる。

途中には、進化の実態を解き明かそうとする科博の研究者たちの試みや成果を知ることのできるコーナーもある。

少し小さいゲートをくぐって哺乳類のコーナーに入る。「小型だったからこそ生き残れたのが哺乳類。だからゲートも小さく作ったんです」(真鍋さん)。
「科博ラボ」コーナーでは、科博の調査・研究の成果を紹介。「小笠原諸島では本州よりウグイスの鳴き声がちょっと短いことがわかりました。新しい種が生まれるかもしれないことを、いま私たちは目撃しているのかもしれません」(真鍋さん)。
小さなネズミのような生き物から、いまの人間までをたどる。「ここに骨格標本があるナマケモノも、人間も、祖先が樹上をゆっくり移動するようになってしっぽが不要になり、『退化』しました。退化は『進化の道を後退すること』ではなくて、進化の一部なんです」(真鍋さん)。

「実はここだけでなく、隣の地球館常設展にも関連する標本がたくさんあるんです。たとえばティラノサウルスの全身骨格は3つもあります。ぜひ全身骨格を見て、迫力を感じてもらえたら」

チンパンジーやナマケモノなど展示に登場するいまの動物の姿が気になったら、動物園に見に行くのも楽しいかもしれない。企画展から常設展へ、博物館から動物園へ。進化をめぐる旅の道行きで、人々に新しい扉を開いてみせるのも真鍋さんの狙いの一つ。

会場の出入り口には大きな帆船が待っていた。ここは、本展の主役となった7冊の絵本と100冊近くの関連絵本がじっくり読めるコーナーだ。

「この帆船は、ダーウィンが乗って世界中をめぐった船『ビーグル号』を模しているんです」

出入り口の「絵本コーナー」は、ダーウィンが乗った船にちなんで制作。開館中は、夢中になって絵本のページをめくる子どもたちでにぎわっていた。

大人が思い出の絵本を読むもよし、子どもが新たな絵本に出会う機会にもなるだろう。絵本には、博物館につながる新たな扉がまだたくさん隠されているに違いない。進化を発見したダーウィンの船が、科博を訪れた人を次の旅へといざなっている。

常設展にある関連展示を見に行くのに便利な小冊子型ワークシート。関連標本の展示場所や解説がこの冊子で一覧できる。ワークシート内の標本名にある空欄を埋めて順番どおりに並べると、あるキーワードが。
真鍋さんの襟元を飾るトリケラトプスの立体バッジ。ネクタイも恐竜柄だ。

文/江口絵理 撮影/三吉史高

絵本でめぐる生命の旅

会場:国立科学博物館(東京・上野)日本館1階 企画展示室・中央ホール
会期:2019年12月17日(火)~2020年2月28日(金)
※2月29日(土)・3月1日(日)は臨時休館となった。

※この記事は2020年2月現在のものです。

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