「UENOYES(ウエノイエス)」は上野恩賜公園(上野公園)とその周辺地域を舞台に、社会包摂をテーマにした文化芸術事業を世界に発信するプロジェクトだ。総合プロデューサーの日比野克彦さんは「一人一人の人がその人のままでいることを自然に受け入れてくれるのがUENOYES」と言う。
2019年11月9日と10日に開催された「UENOYES 2019」のキーワードは「FLOATING NOMAD(浮遊遊動民)」。上野にさまざまな立場の人たちが自由に集い、同じ時間を過ごすことで生まれる共感や発見、創造への意欲が生まれること。そして、それらの力を得て、また新たな世界に向かって拡散していくイメージは、段ボールで形作られた広場を遊牧民の住居用テント「ゲル」が取り巻く空間として具現化された。上野公園の噴水広場にこつぜんと現れ、2日で消えていった不思議な町の姿を写真で追ってみよう。
広場に置かれたゲルのなかでも、ひときわ長い行列ができていたのが写真家・篠山紀信さんの「シルクロード」写真展だ。1980年代初めに発表され、奈良からトルコまで続く“絹の道”を強烈に日本人に印象づけた篠山紀信さんの作品が39年の時を経て、ゲルの中で再び人々の前に展示された。
厳選された14点あまりのプリントは、今も鮮やかに“絹の道”が結ぶユーラシア大陸各地の風景や人々の風習、素顔を伝えてくれた。
全8巻の写真集が2018年、ルイ・ヴィトンの「ファッション・アイ」コレクションの一冊として再構成されたことが、今回の展示のきっかけにもつながった。展示のゲル内では再構成された本を手に取って見ることもできた。
白い大型のゲルでは、もう一つの写真展も開催されていた。フランス人の写真家シャルル・フレジェさんの北インド・ジャイプールの象祭りを取材した日本初公開の新作シリーズだ。スポーツ選手や学生などの社会的集団を詩的かつ人類学的な視点から撮影するフレジェさんは、2016年、日本固有の仮面神や鬼たちの姿を捉えた写真展で話題を集めた。
3月に開催されるジャイプールの象祭りでは、象が色とりどりにデコレーションされ、祭りの期間、町を練り歩くという。象のデコレーションは生命の回復と太陽の再来を祝う春祭りの象徴だ。象にかけられた刺繍布や肌に描かれた模様には、伝説や寓話、祈り、華やかな頃の名士たちの生活などが盛り込まれていた。
ゲルの中央の柱にぐるりと取り付けられていたのは、ジャイプールの象祭りを説明するパネルだ。象自身が語りかける形で、祭りへの思いやインドで大切にされてきた象の歴史や現状がつづられていた。
東中野にある遊牧民文化の発信拠点「PAO COMPOUND」に創設された「シルクロード文庫」が「UENOYES」にも出現。シルクロードにまつわる多数の資料展示やトークイベントが展開された。
学校のような空間を作り出していたのは、美術家・梅津庸一さんが主宰する若手アーティストのコミュニティ拠点「パープルーム予備校」だ。ゲルの中がまるで高校か大学の部室のようにしつらえられ、やわらかな発想から生まれるデモンストレーションやトークイベントが展開されていた。
「FLOATING NOMAD」は道行く人も巻き込み、町を形成していく。その一つが「coconogacco」の野外ワークショップだ。屋外彫刻のような格好をしたスタチュー(路上パフォーマー)をモデルにした野外写生会は誰でも参加が可能。パフォーマーを中心に人の輪が広がっていった。
パフォーマーが動いた瞬間、「あ、動いた」と初めて人間が演じていることに気づく人も多かった。絵を描く人だけでなく、鑑賞する人も場に巻き込まれ、同じ時間を過ごす写生会となった。
子どもから大人まで思い思いに青空の下で描く。スケッチの時間はパフォーマーがポーズを変えるまでの15分ほど。親子で相談しながら楽しそうに絵を描く人も多かった。
祭りや町の風景に音楽は欠かせない。「FLOATING NOMAD」の音楽を形作ったのは、サクソフォン奏者であり作曲家の鈴木広志さん率いるバンド「FLOATING NOMAD ANONYMOUS」。「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」に使われた丸木舟を前に演奏したり、エンディングのパレードを盛り上げたり、音の力で町の空気をまとめあげていた。
ゲルのなかで異彩を放っていたのが「津野青嵐とべてるのゲル」だ。名前からはどんな展示なのか想像がつきにくい。しかし、じつはUENOYESだからこそできた展示だった。きっかけを作ったのは、看護師であり、ファッションデザイナーでもある津野青嵐さん。黒いドレスを着用している女性だ。津野さんが北海道浦河町にある「べてるの家」に勤務したことを機に、今回、「べてるの家」のノマド版「べてるのゲル」を開くことになった。
「べてるの家」は精神障害などを抱える人たちの活動拠点。障害が重くなったり、日常生活や活動に支障が出たりすることを普通と考え、あるがままに受け入れて生活することを大切にしている。「べてるのゲル」では、その視点が生まれた背景や「べてるの家」が重視する精神障害等を持つ人が自身のあり方を研究対象として捉える「当事者研究」の今を展示とトークで伝えてくれた。
多様なゲルの魅力を世界に向けて発信したのが、「DOMMUNE UENOYES」のゲルだ。現代美術家の宇川直宏さん主宰のライブストリーミングスタジオ「DOMMUNE」が「UENOYES」用のスタジオを設置。各ゲルの担当者を中心に「UENOYES」に関わる人たちが持ち時間を使い、それぞれの「FLOATING NOMAD」を自由に語り、表現した。当日はゲルの中で収録の様子を見られるだけでなく、インターネットを通じて番組が同時配信された。
「UENOYES」を実務面から支えた「亜洲中西屋(ASHU)」社長の中西多香さんと副社長の中西大輔さん。日本をアジアの文化的なハブと捉え、世界各国のアーティストとつながるさまざまなプロジェクトを展開する中西さん夫妻も「FLOATING NOMAD」の一員だ。
「FLOATING NOMAD」の町がそろそろ消える夕暮れどき、大噴水の向こう側から山縣良和さん作の衣装をまとった「FLOATING NOMAD ANONYMOUS」が現れた。今年の「UENOYES」のエンディングを盛り上げる楽隊のパレードだ。
楽隊はサクソフォンやアコーディオンなどの見慣れた西洋楽器に加え、韓国やチベット、ウズベキスタンなどの民族楽器も使い、幻想的な音楽を奏でている。そのリズムとメロディは遠い異国の音楽のようにも、サーカスや獅子舞の音楽のようにも聞こえてくる。
段ボールの町が一艘の大きな船に形を変え、楽隊のための広場を作り出していた。闇が深くなり、楽隊が踊り、演奏する熱を帯びてくる。曲に合わせてまわりを取り巻く人たちも手をたたき、体を揺らす。そのエネルギーは上野公園の上空で煌々と輝く月に向かって昇華されていくようだった。
文/角田奈穂子(フィルモアイースト) 撮影/平野晋子
- UENOYES 2019/FLOATING NOMAD
会期:2019年11月9日(土)~11月10日(日)
時間:11:00~18:00
会場:上野恩賜公園 竹の台広場(噴水広場)
■WEB:https://uenoyes.ueno-bunka.jp/2019
※このイベントは終了しました。