企画展を2館で同時開催! 中国の書家・文徴明ってどんな人?

企画展を2館で同時開催! 中国の書家・文徴明ってどんな人?

2020年の幕開けから、東京国立博物館と台東区立書道博物館の連携企画として開催されている「文徴明とその時代」展。中国の明時代(1368〜1644年)の中期に活躍した書家の文徴明(ぶんちょうめい/1470〜1559年)と、彼を育んだ当時の蘇州の文化芸術を紹介する内容で、両館で一つの展覧会となっている。文徴明は日本ではあまり知られていないが、明時代を代表する大家。実は若い頃は字が下手だったといわれ、生涯をかけて字の鍛錬を続けたというエピソードも残っている。書に詳しくない人でも当展覧会を楽しめる方法を、東京国立博物館の東洋書跡研究員、六人部克典さんに伺った。

今回の展覧会のテーマについて教えてください。

中国・蘇州で生まれた文徴明と、同時代に活躍した文人の芸術をテーマにしています。彼らの書画を通し、明時代中期がどのような時代だったのかを紹介しようというものです。書道博物館との連携企画は年に一度行っていまして、今年で17回目になります。

なぜ文徴明に焦点を当てたのでしょう?

文徴明は1470年に生まれ、90歳まで生きた人です。中国では明時代を代表する大家の一人として知られていますが、日本では彼にスポットを当てた展覧会は恐らくこれまでありませんでした。2020年は生誕550年という節目の年でもあり、満を持して、いよいよやろうということになったんです。

江戸時代には文徴明の書画が日本でも人気を博した。今回の展示品はすべて日本国内に現存するもの。

トーハク(東京国立博物館)ではどのような展示をしているのでしょうか。

テーマの中心となる文徴明と蘇州の芸苑(芸術界)の書画や、江南地方に影響が波及した書画については両館で展示していますが、明時代前期の書画作品や、蘇州の職業画家の作品を展示しているのは当館のみです。
当館で最初に展示している文徴明の「蘭竹図軸」と「草書千字文巻」は、私はある意味、今回の展覧会を象徴するような作品だと思っています。蘭や竹、石などを描いた掛け軸と「千字文」と呼ばれる詩を書いた巻物です。千字文とは習字の手本として使われた韻文。千の漢字が一つも重ならない、250句からなる四言古詩です。実は文徴明は若い頃、字が下手だったんです。日々努力し、千字文を書くことを鍛錬の一つにしていました。大家になってからも生涯にわたって千字文に取り組み、これは76歳の時に書いたもの。彼の人となりが表れた作品だと思います。

「文徴明は絵も書もできる努力の人でした」と、六人部さん。もともとは一つの巻物だったという。

大器晩成型の努力家なんですね。今回の一番の目玉はなんでしょうか。

なんといっても「楷書離騒九歌巻」です。文徴明が83歳の時に書いたものです。この細かい文字を見てください。書体は「小楷(しょうかい)」、つまり小さな楷書です。測ってみたんですが、マス目の大きさは1センチ四方足らずしかありません。よく書けますよね! 書く技術もそうですが、この細かい字を83歳で書き続ける気力がすごい。実に繊細で真面目。内容は、中国古代の文学作品集『楚辞』の中の「離騒」「九歌」を書写したものです。また、この作品はお茶を沸かし、お香を煙らせて、墨をいい具合にすって自分の部屋で書いたということも記されています。最晩年もこんなに筆が動いて、さらに当時の文人の生活もわかるという、これはもうイチオシの作品です。

楷書離騒九歌巻(部分) 文徴明筆 1巻
明時代・嘉靖31年(1552) 東京国立博物館蔵/高島菊次郎氏寄贈(東博展示・通期)*

確かにすごい細かさですね!

この作品と対比して、ぜひご覧いただきたいのが祝允明(しゅくいんめい)の「楷書前後出師表巻」です。これも書体は小楷で書かれたものですが、文徴明の字とは雰囲気が違うと思いませんか? この人はちょいワルというか、いわゆる不良キャラだったようです(笑)。
祝允明も同時代を代表する書家の一人で、文徴明とも仲が良かった。文徴明の小楷は4世紀前半に活躍した王羲之(おうぎし)の字をベースにしていますが、祝允明はさらに100年以上遡った、魏の時代の書家・鍾繇(しょうよう)の字を元にしています。いずれも古典をしっかり学び、ベースにしていることが、この時代の蘇州の色合いなのだと思います。

祝允明は病と称して赴任先から1年足らずで蘇州に帰郷、その後は仲間と酒を交わしながら詩や書を楽しんだという。
楷書前後出師表巻(部分) 祝允明筆 1巻
明時代・正徳9年(1514) 東京国立博物館蔵/高島菊次郎氏寄贈(東博展示・通期)*

蘇州の当時の文人とは何だったのでしょう。

蘇州は当時の中国の経済の中心地でした。いい書画を求める人もここに集まりますから、文化の中心地でもありました。文徴明は科挙という役人になるための試験に9度挑戦し続け、結局一度も受からなかったんです。ようやく54歳の時に推薦を受けて宮廷に勤めたのですが、肌にあわなかったのか、3年で自ら辞めて蘇州に戻ります。そこから文人として生きるべく、90歳まで書画に励むわけです。やがて蘇州の芸術家たちのネットワークの中でも指折りの中心人物になって、後進を育てていくのです。

弟子も多かったのでしょうか。

弟子や親しくした後輩の文人もたくさんいました。面白いのは、この時代は師匠の作風と似ていないことも多かったということです。陳淳(ちんじゅん)とか、王寵(おうちょう)とか、文徴明の字と雰囲気が違う。陳淳は少し荒っぽくて躍動感あふれるかっこいい書です。一方、王寵の書は、どこかおっとりとしていて気品があります。また、当時は絵と書は両方できる人が一般的でした。絵を描くからこそ、墨のさまざまな段階の色を表現できる技術が身についたのでしょう。

そういったことを知った上で展示を見ると、書に詳しくない人でも楽しめますね。

書は追体験できる芸術です。何が書かれているかわからなくても、筆跡をたどることは誰にでもできます。一点一画を目で追っていくと、墨のニジミやカスレの変化に気づいたり、どこで墨を継いだかということもわかってきて、筆者の呼吸のようなものが感じ取れます。どんな状況で執筆したのだろうと、想像がかきたてられるんです。
明時代の後期に活躍した徐渭(じょい)や董其昌(とうきしょう)の作品もおすすめです。徐渭は波乱万丈な人生を送った人物。墨の筆触といいますか、ニジミやカスレといった表現に、独特の味わいがあります。

花卉雑画巻(部分) 徐渭筆 1巻
明時代・万暦3年(1575) 東京国立博物館蔵/高島菊次郎氏寄贈(東博展示・通期)*

両館のおすすめのまわり方はありますか?

順番はどちらからでもいいと思いますが、ぜひ両館に足を運んでいただきたいですね。展示数はトーハクで68件、書道博物館で65件と充実しています。文徴明の書画鑑識にまつわる作品や、文徴明たちに影響を受けた日本の作品が見られるのは書道博物館のみです。ぜひじっくり堪能していただければと思います。

六人部克典(むとべ・かつのり)
筑波大学大学院人間総合科学研究科 博士前期課程 芸術専攻書領域修了。台東区立書道博物館の専門員を経て、2014年より東京国立博物館 学芸研究部列品管理課登録室アソシエイトフェロー、2018年より同研究員。大学時代に中国の書に魅せられて以来、奥深い東洋書跡の世界に浸って今に至る。好きな書は北宋時代の蘇軾の作。

文/森 麻衣佳 撮影/平野晋子 写真提供/東京国立博物館(*のみ)

東京国立博物館・台東区立書道博物館 連携企画「生誕550年記念 文徴明とその時代」

東京国立博物館
会場:東洋館8室
会期:2020年1月2日(木)〜3月1日(日)
時間:9:30〜17:00
※金曜、土曜日は21:00まで開館
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日
URL:www.tnm.jp

台東区立書道博物館
会期:2020年1月4日(土)〜3月1日(日)
時間:9:30〜16:30
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日
URL:www.taitocity.net/zaidan/shodou

※この記事は2020年2月現在のものです。

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