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新事実も発覚! トーハクに眠る、世にも珍しい古代エジプトのミイラ
国立科学博物館で開催中の特別展「ミイラ」。世界中のミイラが一堂に会し、連日、多くの人が訪れているが、実はその隣にある東京国立博物館(トーハク)にも世にも珍しいミイラが常設展示されている。知られざるトーハクのミイラの秘密が今、明らかに!
世界の学者も注目する謎に満ちたミイラ
特別展「ミイラ」が開催中の国立科学博物館から徒歩わずか3分。東京国立博物館の東洋館に眠るのは、「パシェリエンプタハのミイラ」(前945~前730年頃)。パシェリエンプタハとは生前の名前で、1904年(明治37年)5月、東京国立博物館の前身である東京帝室博物館にエジプト考古庁長官から寄贈されたもの。寄贈された当時も展示公開され、その物珍しさに多くの人が来館したという記録も残っている。
以来、100年以上もの間、東京国立博物館で保存・展示されてきた「パシェリエンプタハのミイラ」。それにしても、今も昔もなぜ人はミイラに惹かれるのだろうか?東京国立博物館平常展調整室研究員の小野塚拓造さんは、その理由を次のように説明する。
「現代の人も、明治時代にミイラを見に来た人も、死後何千年も経った人間がどんな姿をしているのかという『怖いもの見たさ』で足を運んでいるのではないでしょうか。私たちも死者に対して敬意を払うと同時に、研究者として、その生々しさをとても興味深く感じています」
同館に眠るのは、国内にわずか2体しかない全身が残っている古代エジプトのミイラのうちの一つ。しかし、注目を集める理由はそれだけではない。「パシェリエンプタハのミイラ」は、世界的に見ても非常に珍しいミイラなのだ。
「大きな特徴の一つが、カルトナージュと呼ばれる棺の表面に、真っ黒い液体がかけられている点です。この物質が何なのかははっきりしていませんが、これによって、棺に描かれている神々の像や銘文が見えにくくなっています。世界には古代エジプトのミイラや棺がたくさん存在していますが、このような処理がされているものは非常に珍しい」
トーハクに寄贈された背景が明らかに
さらに、近年、このミイラに関する大発見が二つあった。一つが年齢だ。
「ミイラの棺の多くには、名前と一緒に社会的な肩書きや役職を示す称号が絵文字で記されています。このミイラにはそうした称号が記されていないため、長年、少年だと思われていたのですが、2015年にミイラをCTスキャンしたところ、実は30歳以上の、当時としては“おっさん”だったことが分かりました(笑)(※1)。ただ、称号が記されていなくても、内臓がしっかり取り除かれた、とても丁寧につくられたミイラであり、棺の質もいいので、少なくとも裕福な人物だったのではないでしょうか。こうした謎を想像できることも、ミイラの魅力だと思います」
もう一つの大発見が、東京国立博物館にやってきた由来。いつ、誰によって寄贈されたかは所蔵品の台帳に記録が残っていたものの、その背景は分かっていなかった。ところが2019年の夏、その経緯を明らかにする品が見つかったのだ。
「博物館にある膨大な資料のなかから、日本からの要請に応えて送ったミイラが届いたことを喜ぶ考古庁長官の手紙が偶然、見つかったんです。この手紙は、2019年の『国際博物館会議(ICOM)京都大会』で発表した際に、世界の名だたるエジプト学者から、大きな関心を集めました」
古代エジプトでは、人々は死後、永遠の命を授かり、「イアルの野」と呼ばれる楽園で暮らすと信じられていたという。ところが、不思議な縁によって東京国立博物館にやってくることになった「パシェリエンプタハのミイラ」。その姿を眺めながら、数奇な運命に思いをめぐらすのもミイラ鑑賞の楽しみかもしれない。
[プロフィール]
小野塚拓造(おのづか・たくぞう)
東京国立博物館平常展調整室研究員。2014年より東京国立博物館に勤務。現在は館所蔵の西アジア・エジプト考古資料の調査研究、平常展や特別展の企画・運営に従事。特別展「人、神、自然 ―ザ・アール・サーニ・コレクションの名品が語る古代世界―」をはじめさまざまな特別展のワーキング主要メンバー。専門は中近東考古。
文/奥田高大 撮影/三吉史高 写真提供/東京国立博物館(*のみ)
- パシェリエンプタハのミイラ
東京国立博物館東洋館3室にて常設展示(※2
出土地:エジプト、テーベ出土
時代世紀:第3中間期(第22王朝)・前945~前730年頃
品質形状:カルトナージュ棺入り
寄贈者:エジプト考古庁
所蔵者:東京国立博物館※1:坂上和弘氏(国立科学博物館)による人類学的な所見。
※2:総合文化展の入館料が必要です。特別展観覧券でも鑑賞できます。
※この記事は2020年1月現在のものです。