美術館×大学×市民がアートで社会を変える!「とびらプロジェクト」を知っていますか?

美術館×大学×市民がアートで社会を変える!
「とびらプロジェクト」を知っていますか?

上野には人気の市民参加型プロジェクトがある。東京都美術館と東京藝術大学が連携し、2012年度から始まった「とびらプロジェクト」だ。その活動の中心的な存在となるのが、一般から公募するアート・コミュニケータ、愛称「とびラー」。毎年多くの応募者が殺到し、なかには何度も挑戦してとびラーになった人もいるという。とびらプロジェクトはなぜ、それほどまでに注目されているのだろう? 同プロジェクトのコーディネータで、東京藝術大学美術学部特任助手の越川さくらさんに聞いた。

とびらプロジェクトのコーディネータ、越川さくらさん。

——とびらプロジェクトのユニークな点を教えていただけますか。

越川 アート・コミュニケータのとびラーが、美術館のボランティアでも、鑑賞法などを学ぶ“生徒”でもなく、活動の主体となるプレイヤーだということだと思います。美術館のスタッフや大学教員と対等な関係なんです。三者が目指すのは、アートを介して社会の中で人々のコミュニケーションを生み出していくことです。

——とびらプロジェクトはなぜ生まれたのでしょうか。

越川 とびらプロジェクトは、東京都美術館のリニューアルの機会に始まりました。一番の目的は市民とともにアートを介して人と人、人とものをつなぎコミュニティを豊かにしていくことです。年齢も職業も違う人たちが一つの目的に向かって共同作業をすると、多様な価値観を認め合う関係が自然と生まれてきます。その関係性が美術館に来館する方や社会全体を中心にしたコミュニティを豊かにし、美術館という場所が人々のコミュニケーションのプラットフォームとして機能していくことを期待しているのです。

——とびラーになると、どんなことを学ぶのですか。

越川 とびラーになると、まず全6回の基礎講座を受けます。作品の鑑賞の仕方や、多様な考えの人が集まって行うミーティングの進め方など、講座内容は多岐に渡ります。そのどれにも通底しているのが「きく力」を磨くことです。コミュニケーションにおいて相手の表面的な言葉だけを聞くのでなく、話し手に寄り添い、その時々の気持ちを汲み取る「きき方」ができることが、とびラーとしての大事な力になります。

1年目のとびラーが全員参加する基礎講座では、活動を支える基礎的な考え方を学ぶ。

——なぜ「きく力」が必要なのでしょう。

越川 とびラーには20代の学生や、様々な仕事の現場で活躍する人々、また定年を迎えてさらに社会へコミットをしていこうとしている人々もいます。生活や考え方、働く環境や過ごしてきた背景も違う人たちが共に活動をするには、異なる意見を調整する力が欠かせません。そのコミュニケーションの土台になるのが「きく力」なんです。実際にプログラムを行うときも、来館する方々とコミュニケーションするときも、とびラーとして活動するすべての場面で「きく力」がベースになります。

——越川さんもとびラーの1期生ですよね。

越川 はい。じつは私も、2012年にとびらプロジェクトがスタートした当初、1期のとびラーとしてこのプロジェクトに参加しました。基礎講座が終わる頃には「今すぐに何かやりたい」とワクワクしました。実務的なスキルを学んで、実際にそれをやってみたいという気持ちが育っていたこと、またそれ以上に、とびらプロジェクトでなければ出会えなかったとびラーの仲間に刺激を受けたからです。

——3カ月の基礎講座を終えたあとは?

越川 「鑑賞」「アクセス」「建築」という3つの実践講座に進みます。どれを選ぶかは各自に任されます。いくつ選択してもいいんです。各コースで実践的な学びを深めながら、自主的な企画を立ち上げたり、プログラムの中でプレイヤーとして活動したりと、来館者とのコミュニケーションの場で実践を繰り返していくことになります。

「鑑賞実践講座」「アクセス実践講座」「建築実践講座」という3つのコースで、アートを介して人と人、人とものをつなげていくための実践的内容を学ぶ。
学びと実践のサイクルを重視していることも、とびらプロジェクトの大きな特徴。東京都美術館の休室日に開かれる「障害のある方のための特別鑑賞会」では、とびラーが実践講座で学んだことを活かし、会場の運営や鑑賞をサポートしている。写真は、障害のある方のための特別鑑賞会(「プーシキン美術館展──旅するフランス風景画」2018年)。

——自主的なミーティングも活発だそうですね。

越川 はい。とびラーは、美術館を舞台に来館者に向けたプログラムを企画・実施していくことができます。とびラーの一人が自分のアイデアや関心をもとに、ネット上の専用掲示板で約150名のとびラー全員に向かって企画の呼びかけを行うと、興味を持ったほかのとびラーが集まり、「とびラボ」と呼ばれる自発的なプロジェクトがスタートします。
とびラボのミーティングは、東京都美術館のアートスタディルームという、とびラーの拠点となる一室で、じつに年間300回以上も行われています。掲示板でも毎日意見が飛び交っています。気軽に話し合える環境になっていることが、とびラー同士の結びつきを強くしている理由だと思います。

——みなさんの熱意は相当なものですね。

越川 このとびラボから生まれたプログラム、そしてとびラボを進めていくプロセスそのものが、とびらプロジェクトの真骨頂と言えます。美術館や芸術大学の専門家だけでなく、様々な背景や経験をもつとびラーが生み出すプログラムは、参加者からも好評を得ています。これまでのたくさんの、とびラボプログラムが誕生しました。
その一つ、「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」は、東京都美術館の建築ツアーを行っていたとびラーたちが、「夜ならではの建築の美しさをぜひ見てもらいたい」という想いで始めた夜間建築ツアーです。金曜の夜間開館日に合わせて、1年を通して行われています。ツアーコースはとびラーのオリジナル。このプログラムに参加してすっかりとびラーのファンになり、次の年度に自らとびラーになった方もいるという人気企画です。

とびラボの活動の様子。ミーティングのテーマは東京都美術館の展覧会や建築、野外彫刻など多岐にわたる。何よりもとびラー自身が美術館やアートと親しみ、その魅力を来館者に共有していく。
とびラボから生まれた人気企画「トビカン・ヤカン・カイカン・ツアー」。ライトアップされた東京都美術館の美しさと案内するとびラーの魅力にノックアウトされ、とびラーになった人もいるという。

——とびラーとして東京都美術館で活動する期間は3年ですが、その後はどんな活躍をしているのでしょうか。

越川 アート・コミュニケータとして、知識と経験をそれぞれ自分のコミュニティで活かしていますね。団体を立ち上げ、アートを介したコミュニティづくりに力を注ぐ人もいますし、まちづくりや、福祉の現場でファシリテータ役を果たしている人もいます。じつは、とびらプロジェクトをきっかけに、日本各地の美術館でとびラーのようなアート・コミュニケータと一緒にコミュニティを育もうという動きが次々と生まれているんです。

——この春から、新しいとびラーが第9期生として加わります。新・とびラーの皆さんにメッセージをお願いします。

越川 経済が優先されすぎたことで人々が孤立し、社会が分断され、行き詰まっている今こそ、文化の出番なのではないかと私は思っています。人々が共同でものごとに取り組み、長い時間をかけて伝わってきたものが文化と呼ばれるものだと思うからです。文化に触れ、そこに参加することが社会のあり方を考える機会になる。新しく参加される9期とびラーの皆さんとも、文化でつながるアート・コミュニティを作っていけたら、すごくうれしいです。

文/角田奈穂子(フィルモアイースト) 写真提供/とびらプロジェクト 撮影/藤島亮(冒頭の集合写真のみ)

Other Article