国立科学博物館 特別展「ミイラ ~『永遠の命』を求めて」 いにしえの文化と知恵を伝える“タイムトラベラー” 監修者が語るミイラへの敬意とその魅力

国立科学博物館 特別展「ミイラ ~『永遠の命』を求めて」
いにしえの文化と知恵を伝える“タイムトラベラー”
監修者が語るミイラへの敬意とその魅力

国立科学博物館で開催中の特別展「ミイラ ~『永遠の命』を求めて」。なんだか怖い、と敬遠する人も多いかと思われたが、ふたを開けてみれば週末はチケット購入窓口に多くの人が並び、平日の日中でも来場者が絶えない人気ぶり。なぜこれほどまでにミイラの展覧会が人を惹きつけるのだろう? この特別展の魅力を、監修者の坂上和弘さんに聞いた。

特別展「ミイラ」監修者の一人、国立科学博物館人類研究部人類史研究 グループ研究主幹の坂上和弘さん。

ぴったりと寄り添い、一人がもう一人の肩から背中へと手を回して横たわる2体のミイラ。乳児とともに体を丸める女性ミイラ。その女性に後から添えられたと思われる別の赤ちゃんのミイラ。それぞれの生をめぐるストーリーを想像しながら、来場者はミイラと向かい合う。

「僕はミイラが好きで研究者になったんですが、そう言って人に複雑な顔をされなかったことはないんです。だから、この特別展にはそれほど多くの来場者は望めないのではないかと思っていました」

特別展「ミイラ」を監修した坂上和弘さんはそう言って、予想とは反対にたくさんの人々が行き交う会場を感慨深げに見回した。

古代エジプトのミイラや棺、副葬品も数多く展示されている。ミイラの作り方など動画による解説も充実。

ミイラといえばエジプトがまず思い浮かぶが、ここにはエジプトはもちろん、南米やヨーロッパ、オセアニアなど世界中から43体ものミイラが集められている。もちろん、日本のミイラもある。

ハイライトの一つが、自らの体をミイラとして残した「本草学者のミイラ」だ。本草学とは江戸時代に発展した博物学・薬学のこと。

「つまり、博物館で研究する僕たちにとって大先輩にあたる人です。この方は、後世の研究に役立つようにと、亡くなるときに自分の体をミイラにする遠大な実験をしたんです」

この学者が詳細に書き残したはずの自身の記録は失われてしまったが、「後に掘りだしてみよ」という遺言だけは口伝で子孫が守ってきた。戦後の区画整理で掘りだしたところ、体は見事にミイラとなって残っていた。

展示で実際に見ると、眠っているような表情やきれいに残った口ひげ、毛穴まで見えそうな肌、すべての質感に驚く。

「本草学者のミイラ」。亡くなる前に柿の種子を大量に摂取していたらしいことがCTスキャンで確かめられている。肌の色が赤いのはその影響かもしれない(1832年頃、国立科学博物館蔵)

「どんなに精細に写真やレントゲンなどで記録しても、実物のミイラに相対するのと画像で見るのはまるで違う体験なんですよね。僕は自然科学の研究者なのに、所蔵庫で仕事をしていてふと気配を感じて振り返るとミイラがあった、ということも。ミイラの実体がもつ存在感は特別なものだと思います」

だからこそ、せっかくのこの機会にミイラを見るという“体験”をしてほしいと坂上さんは言う。

「実は僕自身も、子どものころにこの科博のミイラ展示に感激して、自然人類学を志したんです」。ミイラ取りがミイラに……ならぬ「ミイラ展示の見学者がミイラ展企画者」になって、ここにいる。

「実は、第2会場のミイラ2体と干し首の展示はまさに自分が子どものころに科博で見た展示をそのまま再現しているんです」と坂上さん。

ミイラはどの国でも地域でも宗教的、文化的、学術的に価値が高く、そのうえ脆い。持ち出すことができないものも多いため、この規模で一堂に会する機会は世界的にも稀だ。

この特別展「ミイラ」にはそれだけで単体の企画展が成り立つほど貴重なミイラが多いが、そのうちの一つが南米チャチャポヤス地方のミイラ6体。豪華なマスクや宝飾品のイメージが強いエジプトに比して、この地のミイラの副葬品は木綿糸の玉や紡軸など日用品が多く、素朴で温かい印象が特徴だ。

チャチャポヤのミイラ 顔出しミイラ。女性が手に持つ木綿糸の玉に、インカ帝国時代の人々の暮らしが垣間見える(先コロンブス期、チャチャポヤ=インカ文化、ペルー文化省・レイメバンバ博物館蔵)。

ミイラは暮らしぶりや死生観など、何百年・何千年前を生きた人々の文化や知恵を今の人に教えてくれるタイムトラベラーでもある、と坂上さんは言う。

「ミイラとは亡くなった人の体に永遠に続く命を託したもの。でもミイラ1体に、いくつもの歴史がつながって初めて、『永遠の命』となっているんです」

ミイラとなった本人の生きた歴史、ミイラになる過程や技術、守ってきた人や発掘した人のストーリー。そして後世になって、学術的な価値をあらためて付与する研究者たちの奮闘――。

「こうして引き継がれてきたバトンをさらに後世へ引き継ぐことに特別展『ミイラ展』が役立ってくれたら。ミイラを愛する研究者として、心の底から願っています」

坂上さんのミイラ愛は止まらない。

「そうそう、上野公園には国立科学博物館のほかにもミイラがいるんです。東京国立博物館に。古代エジプトの素晴らしいミイラが1体、保管されています。展示もされているようですよ。そこから通りすがりに『お、ミイラ展か』と科博に立ち寄ってみたり、国立西洋美術館で生きているような美しい筋肉をロダンの作品で堪能する、なんて酔狂な組み合わせで楽しめるのも上野ならでは。上野公園界隈のそんな面白さを満喫してもらえたらなお嬉しいです」



文/江口絵里 撮影/三吉史高

特別展「ミイラ ~『永遠の命』を求めて」

会場:国立科学博物館
会期:2019年11月2日(土)~2020年2月24日(月・休)
時間: 9:00~17:00(金曜・土曜は20:00まで)
※入場は各閉館時刻の30分前まで
入場料(税込):一般・大学生 1,700円/小・中・高校生 600円ほか
WEBサイト:http://www.tbs.co.jp/miira2019/

■巡回展
※巡回展のチケット情報などは決まり次第、各開催館のホームページなどで公開します。

熊本展
会場:熊本城ホール
会期:2020年3月25日(水)〜6月7日(日)

福岡展
会場:福岡市博物館
会期:2020年7月4日(土)〜9月22日(火・祝)

新潟展
会場:新潟市新津美術館
会期:2020年10月10日(土)〜12月23日(水)

富山展
会場:富山県民会館美術館
会期:2021年1月〜2021年3月(予定)

※この記事は2020年2月現在のものです。

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