東京都美術館 特別展〈ハマスホイとデンマーク絵画〉 “北欧のフェルメール”がいざなう安らぎの空間

東京都美術館 特別展〈ハマスホイとデンマーク絵画〉
“北欧のフェルメール”がいざなう安らぎの空間

限られた色彩で描き出された静かな室内。心地よい安らぎと不安や寂しさを同時に感じさせる不思議な画面だ。ヴィルヘルム・ハマスホイ(1864~1916年)は、デンマーク出身の画家。彼と、同時代のデンマークの画家たちを紹介する展覧会「ハマスホイとデンマーク絵画」展が、東京都美術館で開かれている。

ハマスホイは1916年の没後すぐ大規模な回顧展が開かれるなど、同時代の画壇では認められていたが、その後急速に忘れ去られた。その彼に再びスポットがあたったのは1980年代から。日本でも2008年、国立西洋美術館で初めて回顧展が開かれ注目を集めた。

展覧会は4章構成。まず「黄金期」と呼ばれた19世紀のデンマーク絵画から始まる。次の展示室に登場するのはスケーインという漁師町に集った「スケーイン派」の画家たちだ。彼らは都会を離れ、豊かな自然とそれとともに生きる人々を描いた。展示は19世紀後半、室内画や幸せに満ちた家族の情景を描いてハマスホイを予告したともいえるデンマークの画家たちへと続く。最後の第4章が初期から晩年まで、ハマスホイの足跡を辿る章になっている。

上/第1章「日常礼賛−デンマーク絵画の黄金期」の展示室。19世紀前半に花開いた穏やかな「市民の芸術」を紹介する。下/スケーインの漁師の姿などを描いた「スケーイン派」の画家たちの作品。

ハマスホイは初期には人物画(肖像画)や風景画を手がけていた。ただし、肖像画の場合は「内面をよく知らない人物の絵は描きたくない」と語り、たびたび外国へ旅行したにもかかわらず、風景画ではなじみのあるデンマーク国内を描いたものが多い。彼は身近なもの、自らと特別な結びつきが感じられるものを描きたいと考えていたようだ。

同時代のデンマーク絵画が並ぶ展示室。ハマスホイとの共通点や相違点を探すのも楽しい。

1900年前後から、ハマスホイの代表作ともいえる室内画が多くなる。部屋にはごく限られた家具や調度品だけが登場する。人物が描かれている場合も後ろ向きだったり、奥の部屋に小さく描かれていたりすることが多い。

「ハマスホイは部屋に対して親密さを感じていたのだと思います」と展覧会を担当した髙城靖之さんは言う。

ハマスホイの絵画が並ぶ展示室。右の方に、ハマスホイ作品に頻出する窓をモチーフにした壁が設えられている。

「今回の展覧会のテーマの一つにデンマーク語の『ヒュゲ』があります。訳しにくい単語ですが、『くつろいだ心地よさ』『安心できる』といったニュアンスです。ハマスホイは自分の部屋が落ち着ける、『ヒュゲ』な場所だと感じていたのでしょう。人物やパンチボウルなどは、直線が多い室内でのアクセントとして曲線をとりいれるために描かれたのだと思います」(髙城さん)

展示には絵画の中に登場するパンチボウルなども。修理の跡がその通りに描かれていることもあれば、大きさを変えていることもある。

彼は8回転居しているが、その中でもコペンハーゲンのストランゲーゼ30番地はお気に入りだったようで、長く住み、多くの絵を描いた。その家は17世紀に建てられた古い家だった。ハマスホイは家具も18世紀後半から19世紀前半、彼から見ると一昔前のものを愛好していた。古本コレクターとしても知られ、1000冊もの蔵書を所有していたが、その多くは19世紀前半の文学だったという。

室内画の中にはあえて家具を排除して描かれたものもある。よく見ると取っ手のないドアも。そこに窓からの光が入ってくる。何もない、誰もいない部屋に差し込む光には崇高ささえ漂う。そこに満ちる光が「ヒュゲ」なのかもしれないし、その一方で寂寥感を覚える人もいるだろう。ハマスホイの絵からは見る人がさまざまに物語を紡ぐことができる。だからこそ多くの人を惹きつけるのだ。



文/青野尚子 撮影/三吉史高 写真提供/東京都美術館(*のみ)

ハマスホイとデンマーク絵画

会場:東京都美術館企画展示室
会期:2020年1月21日(火)〜3月26日(木)
開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
夜間開室:金曜日、3月18日(水)は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
休室日:月曜日、2月25日(火)※3月23日(月)は開室
WEBサイト:https://artexhibition.jp/denmark2020/

※この記事は2020年1月現在のものです。

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