無脊椎好きエッセイスト、博物館のカニ研究者を訪ねる!【前編】

無脊椎好きエッセイスト、博物館のカニ研究者を訪ねる!【前編】

上野の国立科学博物館は1877年に創立された総合科学博物館。展示に加えて調査研究や、標本資料の収集・保管をしている。研究施設があるのは茨城県筑波地区。そこにはどんな研究者がいて、日々どんな研究をしているのだろう? 今回は海生無脊椎動物研究員として、カニの分類学を専門とする小松浩典さんに注目。取材に訪れたのは『無脊椎水族館』の著者で、海の無脊椎動物をはじめ、“不思議”なものやことをこよなく愛するエッセイストの宮田珠己さん。さて、そんな宮田さんが研究者に聞いたこととは? カニ愛にあふれた訪問記を前後編でお届けします!

サンゴひとつにも多くのカニが棲んでいる

国立科学博物館には多くの生物標本や化石が展示されている。それらはただ無暗に集めて並べられているわけではない。展示のひとつひとつが、研究者たちの仕事の成果としてそこにあるのだ。

たとえば日本館に造礁サンゴに棲息する多様な生き物たちをまるごと見せるユニークな展示があり、そこにはサンゴに依存して生きる幾種類もの小さなカニの標本が並べられている。

サンゴひとつにこんなにも多くのカニが棲んでいること、同時にこんなにも小さなカニがいることに驚かされるが、その背後にはもちろんカニの研究者がいて、展示の内容や方向性を決めているのだ。

いったい彼らは日々どんな研究を行っているのか。それが知りたくて、私は筑波にある国立科学博物館の研究施設を訪ねた。

上野の国立科学博物館(日本館)内にある造礁サンゴの生き物をまるごと展示するコーナー。サンゴには小さなカニがたくさん棲んでいることがわかる。

小松さんはカニのどこに惹かれるんですか?

案内された部屋は、たくさんの本と書類と、その隙間に見え隠れする無数の壜で埋め尽くされていた。壜のなかにはすべてカニの標本が詰まっている。

ここは筑波にある小松浩典さん(46)の研究室。小松さんは国立科学博物館の動物研究部海生無脊椎動物研究員だ。専門はカニの分類学である。

小松さんは物腰の柔らかい人だった。のこのこやってきた素人の私をにこやかに迎えてくれた。

実は私は、とくに研究したことはないけれど、カニが好きだ。カニだけでなく、海の生き物、とりわけ変な形をした生き物、無脊椎動物が大好きである。人間や哺乳類とはまるで違ったその姿かたちに惹かれる。8本の脚で横に歩くなんてどんな気分だかさっぱり想像がつかない。その不思議さにワクワクするのである。

挨拶を済ませたら、さっそく小松さんになぜカニを選んだのか訊いてみた。やはりあの奇妙な姿に惹かれたのだろうか。

小松さんは、少しはにかみながら「そうですねえ、子どもの頃、ザリガニ釣ったりしてよく遊んでたのが、理由ですかねえ」と言った。生き物好きの少年だったのだ。

とはいえ好きというだけで誰もが研究者になるわけではない。小松さんも将来は生物関係の道に進みたいと思いながら、仕事がなさそうと考え大学では化学科へ進んだそうだ。しかし生き物への思いは断ちがたく、大学院で分子生物学へ軌道修正、そうして気づけばカニの研究者になっていた。見事に夢をかなえたわけである。

「海とか水中の生き物がお好きなんですか」

「いや、ザリガニとか昆虫とか、節足動物が好きなんです。カッコイイんで」

「カッコイイ? 節足動物が?」

思わず訊き返してしまった。すると小松さんは、ふふふ、と笑って、

「ええ。メカニックな姿が」と変なことを言う。

メカニック?

生物学の世界でメカニックという言葉を聞くとは。 だが、たしかに言われてみればカニや甲虫は殻に覆われてちょっと機械っぽい。メカニックという印象は、わからないでもない。

子どもの頃からの夢を叶え、カニの分類学者になった小松浩典さん。

「カニは昆虫と同じ節足動物です。体節が並んでその体節ごとに脚があるムカデみたいな基本構造なんです。それを変形させていってカニになっている。一見わかりにくいんですけど、お腹の側を見れば体節に分かれているのがわかります。その体節ごとに脚の形を変化させていろいろな機能を持たせているところがカッコイイと思うんです」

体節ごとに脚の形を変化させて、というのは、一対はハサミに、残る四対は歩き脚に、という意味だろうか。カニの種類によっては四対目の脚が遊泳用に変化していたり、背中にものを載せるために後ろについているものもいる。

「それだけではありません。カニには触覚がありますが、それももともとは脚から進化したものなんです。口の部分には内側に向かって生えている(獲物を取り込む)六対の脚がありますし、腹部には雌は抱卵するために四対、雄は交尾器(ペニス)になった二対のもと脚があります」

なんと、雄のペニスがもともと脚から進化したものだったとは!

「長い年月をかけて進化していったんですね。ちなみにエビの長いヒゲもあれももとは脚です」

んんん、なんでもかんでも脚なのだった。

ちなみにエビもカニと同じ節足動物である。カニと同じように好きなのかと思いきや、エビは小松さんから見ると殻が薄くてイマイチらしい。同じ甲殻類のヤドカリはどうかといえば、ヤドカリは貝の中に隠れているお腹部分が柔らかいので、好きじゃないとのこと。小松さんにとっては堅固さが大事らしい。

となると結局、甲殻類の中で一番固そうな、つまりメカニック度がもっとも高いカニ最高!ということになるわけであった。 

「カニは、脚だけじゃなく、ハサミについてる歯にもいろいろあるんですよ。尖っているものがあったり、大臼歯みたいなものもあったり。それは貝の殻をバリバリと割るためにあるんですね。あとは櫛の歯状に生えているもの、これはゴカイのような長細いものをパッとつかむためのものですね」

まるで用途に応じて装着するアタッチメントのようだ。たしかにメカニック。小松さんの考えるカニの魅力がだんだん見えてきた。

研究室には、本や書類に混じって、カニの標本がたくさん埋もれていた。
カニ愛では研究者に負けていない(?)筆者。 しかし、ジャケットにつけたカニのピンに気づいた小松さんから、「脚の数が足りませんね」とつっこまれる。

文/宮田珠己 撮影/三吉史高

→小松さんが日々どんな研究をしているのか、後編へ続く!

小松浩典(こまつ・ひろのり)
国立科学博物館動物研究部海生無脊椎動物研究グループ研究主幹。専門は動物分類学。十脚短尾類(カニ類)の系統分類に関する研究を行う。2004~2006年北海道原子力環境センター水産研究科研究職員、2006~2007年国立科学博物館動物研究部動物第三研究室研究員、2007~2014年同海生無脊椎動物研究グループ研究員、2014年より現職。

宮田珠己(みやた・たまき)
作家、エッセイスト。紀行ものや書評など、幅広く執筆活動を行う。『わたしの旅に何をする。』『晴れた日は巨大仏を見に』『ジェットコースターにもほどがある』『ふしぎ盆栽ホンノンボ』『四次元温泉日記』『いい感じの石ころを拾いに』『無脊椎水族館』など、著書多数。“不思議”に惹かれ、海の生き物、巨大仏、迷路、ベトナムの盆栽、石ころのほか、最近は狛犬にも関心を寄せている。2017~2019年朝日新聞書評委員。『日本の路線図』(共著)が2020年3月、『ニッポン脱力神さま図鑑』が2020年4月発行予定。

国立科学博物館

住所:東京都台東区上野公園7-20
開館時間:9:00~17:00(金曜・土曜は20:00まで)、変動あり
休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日)、年末年始ほか、臨時休館あり
URL:https://www.kahaku.go.jp

※この記事は2020年2月現在のものです。

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