未来のアート界を担う有望株は誰!? 藝大卒展で作品探し 【前編】

未来のアート界を担う有望株は誰!? 藝大卒展で作品探し 【前編】

昨今盛り上がるアート界で、これからの日本や世界を担うアーティストの作品を一度に見られる機会として毎年注目を集める展覧会がある。それが、東京藝術大学の卒業・修了作品展(卒展)だ。第68回となる2020年の卒展を、カルチャー誌やアート誌の編集を数多く手がけ、工芸や現代アート、建築、デザインなどに造詣が深いエディターのサウザー美帆さんが訪問した。学内の受賞の有無に関係なく、サウザーさん自身の目線で気になった作品をピックアップ。果たして、将来の有望株はいるのか!? 作品多数のため、前後編に分けて紹介します!

純粋な気持ちでアートと向き合える展覧会

学部生の卒業作品の展示会場となった東京都美術館。大学院生の修了作品は大学美術館及び大学構内が会場。日本画、油画、彫刻など、専門ごとに区分けされて展示された。

評価の定まっていない学生の作品は、何の情報も先入観もなく純粋にアートと対峙できる。つまり作品を鏡として、自分が本当はどういうものが好きで、今どういう心情なのかをより的確に再確認できるのが楽しい。この「藝大卒展」も然り。膨大な数の展示は玉石混交ではあるものの、今年も新鮮な感覚と熱量が感じられる作品が並び、まったく飽きずに鑑賞することができた。

卒業、修了を合わせた展示総数は370点。すべてをじっくり見ようと思ったら一日では足りず、見逃してしまった優秀作もあったかもしれないが、東京都美術館の展示を中心に、いくつか印象に残った学部生の作品を紹介したい。

境界を超えろ! ボーダレスな作品が勢ぞろい

■日本画? 洋画? デザイン科生の不思議な大作

福々来たり、めでたくは日々。 | 大島利佳 【デザイン】
龍神、蝶、雲、舞童など、おめでたい要素のみで構成された300号サイズの大作。日本画とも洋画とも言えない独特の描法が不思議な魅力を放っていた。デザイン科で絵画を描いている人はそんなに多くないと思うが、在学中からいくつもの賞を受賞し注目されている人。アクリル絵具をメインに岩絵具、水干、金箔なども使用。髪の毛、唇、耳朶などに見られる細やかな色使いが美しかった。

■油画をはみ出し、音楽やルポルタージュまで

新訳風土記集其ノ伍 唐櫃由来譚 | 吉田樹保 【油画】
嫁入りの時に持参する唐櫃(長持ち)を、後には自らの棺桶として使用するという東北の古い婚姻の風習がテーマの柳田國男的な作品。自ら現地に赴きリサーチをし、そこで得た死生観から寓話を作り上げ、さらに現実と空想を交えた絵画作品を創作。実物の長持ち、物語、音楽などと共に、ルポルタージュも併記するという多彩な表現は、油画という範疇を軽々と超えていた。

■日本画なのに刺繍のような幾何学模様!?

荷島|山﨑優姫 【日本画】
似通った色合いや風合いの作品が多いと感じた日本画の中で、特に独特で印象に残った作品。「荷島(cargo island)」の中には動物や木をイメージさせる幾何学模様が並び、外側の海には船。ステッチカラーで描いたのだろうか、立体感のある刺繍のような絵柄は、プリミティブな洞窟壁画のようでもあるし、グラフィックやテキスタイルなどモダンデザインの領域にも連なるような手触りも感じられた。

■宇宙のエネルギーを秘めた、陶器という惑星

M=m | 元場葵 【工芸】
「陶芸の研究・表現を通して、宇宙のエネルギーと私たちの世界の関係を顕していきたい」と作者の説明書きにもあったが、土、水、木、火、灰、空気、熱などが融合して出来上がる陶器は、ある意味地球という惑星そのものでもあると改めて思わせる作品。釉薬と炎がもたらす唯一無二の絵は、一つとして同じものがない自然の風景と等しい。伝統工芸、生活工芸、美術工芸といったジャンル分けなどとは少し違った陶芸への目線があった。

現代社会に問いかける作品たち

■遺跡と廃墟。建築の生と死を考える

裳脱ケ | 鈴木望 【建築】
永遠性を持った遺跡と朽ちていく廃墟をテーマに、建築を生むことと建築を殺すことの意味を問う作品。場所は沖縄県の中城村。そこは遺跡(世界遺産の中城城跡)と廃墟(旧中城高原ホテル)が一望できる場所だ。ホテルは完成直前に建設業者の倒産により工事が停止した1975年の当時のまま。この死んだ建物を再生させる建築プロジェクトが作品で、廃墟の外皮を残しつつ、地域性や遺跡との関連性も考慮した設計案になっている。東京五輪後の、供給過多となった建築の廃墟化を予測し、それに対するアンチテーゼの意味も含まれている。

■3つのキャンバスから浮かんでくる無数の物語

第3区 | 李睿智 【油画】
韓国の土着宗教や歴史をリサーチする旅を経てこの絵を描いたという在日韓国人二世の作品。「タルドンネ=朝鮮語で月の町、月の集落」というサブタイトルのようなものが付けられていた。坂道を登りきった、月に届きそうな丘の集落というロマンチックなイメージを想起させるが、実際は朝鮮戦争後に貧しい人々が交通の不便な山の上の土地を不法に占拠したことで形成された貧民街を指す。解説を読んで作者や作品に関する情報を得る前に、この絵を見て瞬時に浮かんだのが、この時はまだ日本で公開されていなかったが、一足早く飛行機で見た映画「パラサイト」だった。見つめていると無数の物語がジンワリと浮かんでくるような作品だった。

■IT時代、ハンコ文化をアートで問い直す

愉しむ手 | 信川みなみ 【デザイン】
昨今、役所の手続きなどでは「このITの時代に、いつまで手書きで名前・住所&ハンコの3点セットを続けるのか?」と、その存在が疎まれつつあるハンコ。一方で、日本独特の文化としてハンコを保存させようとする動きもある。そういう観点で見ると、カルチャーやアートのエリアでハンコ文化をより進化させるというのが、もっとも理想的であるようにも思う。大小様々な無数のハンコが陳列してあり、自由に使うこともできる体験型の展示。絵の愉しみを思い出してほしいというのが作者の望みであるようだったが、各ハンコの有機的なフォルムを見るだけでも十分に楽しめた。

未来に続くアートの手仕事がここに

■精密な線と陰影の美しさ

effortless | 李真理 【工芸】
素材は銅。ケガキ(金属の表面に傷を付けて線を引く道具)で描かれた細やかで精密な線と、透かし彫りの技術で作られた彫金作品。シンプルで端正な造形ながら陰影もまた美しく、鑑賞作品としても成立するが、物入れなどとして日常的に使ってみたい気もする。手の込んだ作品のように見えるが、作品名がeffortlessなのはなぜ?

■ひらめきを形にする技術力!

Sustainable sense | 小林茉莉 【工芸】
シルバーを用いた細やかな彫金作品。やや大型の作品なので、かなりの時間と労力を費やしたと思われる。工芸に限らず、アーティストというのは、一瞬のひらめきを形にするための技術を極めた優れた職人としての一面も持ち合わせていなければならない、ということを改めて実感する。

文・撮影/サウザー美帆

→後編へ続く!

サウザー美帆(さうざー・みほ)
編集者。上智大学文学部史学科卒。「Esquire 日本版」元副編集長。上海在住を経て、現在は日本と中国双方のメディアの仕事に従事。専門分野は工芸、現代アート、建築、デザインなど。これまでに室瀬和美、加藤孝造などの人間国宝や、安藤雅信、赤木明登、三谷龍二など日本各地の工芸作家や職人100人以上、杉本博司、蜷川実花、荒木経惟、上田義彦、奈良美智、千住博、名和晃平などの現代アーティスト、隈研吾、原研哉、深澤直人、ナガオカケンメイなどの建築デザイン関係者など多数を取材。著書に日本の伝統工芸を紹介する『誠実的手芸(誠実な手仕事)』(中国で出版)。

第68回 東京藝術大学 卒業・修了作品展 美術学部/大学院美術研究科修士課程

会期:2020年1月28日(火)〜2月2日(日)
会場:東京都美術館(学部)、大学美術館・大学構内(大学院)
https://diploma-works.geidai.ac.jp

※このイベントは終了しました。

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